2014年6月18日の東京都議会で、みんなの党の塩村文夏議員に対し「早く結婚した方がいいんじゃないか」「産めないのか」などの“暴言”があったことが問題になっています。

 

一部で、塩村議員の過去に触れ、誹謗中傷するメディアもあるようですが、多かれ少なかれ誰でも過去をほじくられたら、何か出てくるでしょう。

 

この発言は言うまでもなく言語道断。

それと同時に、憤りを通り越して、あまりの下品さに呆れと情けなさを感じました。

 

塩村議員が処分を要求したことも、当然のことです。

発言した議員は、潔くご自分から名乗り出られることを期待します。

 

さて、ニュース映像からのみの印象なので、私の感じ方にも偏りがあることをご承知ください。

そういうエクスキューズをした上で私が気になっているのは、「早く結婚した方が云々」のやじが飛んだ瞬間の、塩村議員が、当該の人物がいるであろう方向を見て、反射的になんとも複雑な笑みを浮かべたことです。

 

あの笑顔は、何を物語っているのでしょう。

戸惑いや驚き、ショックや悲しみ、怒りや腹立ち、怖さや不安、軽蔑や呆れ・・・

これらの感情があったであろうことを考えると、笑いとの間の大きなギャップを感じずにはいられません。

人間は「ここで笑うか?」という場面で、防衛的に笑ってしまうことがありますから、仮にそうだったとしても、私個人の思いとしては、あの場面では毅然と抗議をしてほしかった。

こんなことを求めるのは酷でしょうか?

 

私は日頃のカウンセリングや研修・講座などで、「アサーショントレーニング」を行い、自己主張のスキルを身に付けていただくための支援をしています。

アサーションは、思ったことや感じたことを適切に表現できないと、ストレスフルな生活やメンタル不調につながったりするため、自他尊重の精神の下、自分の意見や感じたことを、黙って我慢するわけでもなく一方的に強く言うでもなく、伝わるように工夫して伝えるスキルです。

抗議したい思いを伝えるのは、アサーショントレーニングの中でも、なかなか難しい部類に入ります。

なぜなら、自分を卑下しすぎて発言できなかったり、自分の怒りに巻き込まれて感情的になりやすい場面だからです。

 

でも、私たちには男女関係なく、おかしいことにはおかしいと言う、あるいは不当な批判には立ち向かうことが必要なのです。

もちろん、相手に伝わりやすい表現をした上でです。

 

女性はおとなしく黙っているのが良いという風潮が日本社会にはあり、男女の間に上下関係があるようなカルチャーでもあります。

今回ヤジった議員も、おそらく心の底での女性蔑視の考えが、あのような発言になったことが推測されます。

また、女性にも知らず知らずのうちに、そういった女性観が植えつけられている場合があるのでは?

 

塩村議員が、その場で相手を罵倒するではなく、また複雑な笑顔を浮かべた後で泣くでもなく、率直に毅然とした態度で正当に抗議できたら、また違った状況だったかもしれません。

でも、事後になってでも抗議ができてよかったと思います。

自分の尊厳だけでなく、女性全体あるいは人間の尊厳を守ることにもつながるのですから。

 

まだまだ社会的にマイノリティーである女性議員が、毅然と立ち向かって勇気を示すことが、安倍政権下のこの時代だからこそ、とても意味のある行動だと考えます。