地元の名古屋で、中学生自ら命を絶つという痛ましい事件が発生してしまいました。

いじめがあったのかなかったのか、生徒へのアンケート結果と学校や教員側から見える事実には違いがあるようです。

もうすぐ、市教委の聞き取り調査の結果が公表されるようですね。

 

地下鉄の駅でお父様からの電話に出た時、大丈夫ではないはずなのに大丈夫と言ってしまった男子中学生の思いは想像するに余りあります。

お父様は「気付いてやれなかった。父親失格だ。」とおっしゃっていました。我が子のSOSに気付けなかった悔しさや自責の思いがあふれていて、理性的に対応されている姿に胸がつぶれる思いがしました。

亡くなったお子さんには、親に心配を掛けたくないとか、いじめられてるなんて恥ずかしいとか、世代特有の思いもあって、周囲に知られないよう必死に平静を装っていたのかもしれません。

だとしたら、いくら親でも、気付きようがなかったのではないかと思います。

親なら、ささいなサインでも気付くはずだというご意見もあろうかと思いますが…。

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実は、働く人のメンタルヘルスの現場でも、似たような傾向が見られます。

私が管理職対象のラインケア研修をする時は、部下の異変(心のSOS)の例を多方面から提示し、「いつもと違うことに気付くには、いつもの様子がわかってないとダメですよ」と日頃から関心を持って見守ることと、直接対話が重要であるとお伝えしています。

これは、ラインケア研修の基本です。

ところが、最近の若手社員の中には、何のサインも見当たらなかったのに急に調子を悪くするというケースが増えてきているように感じます。

そんな時、心ある管理職の方は「なんで気付いてやれなかったのか。配慮が足りなかった。」と自分を責めます。

ギリギリまで歯を食いしばり、周囲に心配を掛けまいと明るく元気に振る舞っている若手社員と今回自死に至ってしまった中学生は、どことなく共通したものを持っているような気がしてなりません。

 

若い方たちは、波風が立つのを嫌がります。

自分のせいで周囲に負担を掛けることを嫌います。

それは、ある種の自己愛なのでしょうし、彼らのいる場所の安全性への憂慮なのでしょう。

 

心のSOSに完全に気付いてやれることは不可能だとしても、居場所の安全性を担保し、SOSを発信しやすい環境づくりを年長者にはしていただきたいです。

同時に、SOSを発信することは弱さではなく、自ら問題を解決しようという積極的な行動であることを若い方たちにもわかってほしいです。